未来を夢見て

今から五百年後、地球はかつての美しさを取り戻していた。澄んだ大気と水に育まれ、植物は大地にしっかりと根を張り、動物は群れをなしている。森のあちこちに巨大な建物が静かにそびえている。しかしそこに人間の姿はない。

西暦二千五十二年、人間を安全に冷凍冬眠させる技術が開発された。現代の医学では治すことのできない病気でも未来でなら治せるに違いない、そんな医者や科学者の思いがついに実を結んだのである。

そしてこの技術は早速難病に苦しむ患者に用いられた。まだ確立した技術ではないので危険も伴う。しかし患者達はまだ見ぬ百年後の未来への希望を胸に装置の中で眠りについた。

その間にも技術革新は進み、二千百年、ついにリスクを完全に無視できる冷凍冬眠法が完成した。これによってこの技術は本来の目的以外にも利用されるようになった。金持ちは不老不死の未来を夢見て大金を積んで自らを氷漬けにした。独裁者達は万一に備えてクローニングで造った自分のコピーを冬眠させた。じきに社会の上の階層の方から人工冬眠につく者が増えていった。

こうなると人工冬眠にかかるコストは次第に下がっていく。かつての電気機器やコンピュータがそうだったように。いつしか冷凍冬眠はブームとなり、これに関連する会社が乱立するようになった。価格競争は熾烈を極め、ついに価格は一般の人の手が届くレベルにまで下がった。「未来へ向かって旅立とう!」こんなキャッチフレーズのもと、パック旅行のような気軽さで人々は装置の中へ入っていった。

冬眠につかなかった人も、いい生活を送れた。地上にいる人数が減っているので金もモノも何でも手に入る。広い家に住み、趣味の世界に浸る。働かなくても生きていける。政府も有名無実と化しているので税金もかからない。夢のような生活だ。そして地上での生活に飽きると、それが決まったことであるかのように冷凍装置へと入っていく。

最後に残ったのは冷凍冬眠の会社の連中。彼らは営業を続け、世界中の人間を冷凍装置に送り込んでいた。そして、もう仕事がなくなったことに気づき、これからどうするか話し合った。その結果、彼らは冷凍装置のタイマーを無限大にし、それから自らを氷漬けにした。

地球はますます美しくなっていく。森はさらに大きく豊かになり、海は深い青をたたえる。そこで絶えることのない命の営みがくりひろげられている。

人間は冷たい金属の固まりの中で、未来を夢見ながら永遠の眠りについている。

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