闇に浮かぶ月

「標準時刻0900、起床の時間です」

眠い目をこすりながら起きあがり、窓を開ける。刺すような強烈な太陽の光に思わず目を細める。漆黒の空、無機質な砂の大地、そしてそこに点在するドーム。ふと空を見上げると黒く澱んだ大きな星が目に飛び込んでくる。生まれてから今まで変わることなく、そしてこれからも変わることがない景色。ここは月。僕たちのかけがえのない母なる星。

僕が生まれるずっと昔の話。僕たちの祖先はあの黒い星、地球に住んでいたそうだ。昔はもっと美しく、水―今の僕たちにとっては最も貴重なものだ―と、緑―教科書でしか見たことがない―に満ちたすばらしい星だった、と僕のじいさんはよく言ってた。ところが当時の人々は何を思ったかその美しい水や緑を手当たり次第に壊していたらしい。そしてもうどうにもならなくなったとき、人々は地球を捨て、衛星であるこの月に移住したそうだ。月と違い、地球では植物という生物が空気を浄化していたためドームがなくても生活でき、水が豊富だったから様々な生物が生息していた、と歴史の授業で教わった。月では空気の浄化は機械の仕事だし、生物は人間しかいない。昔の地球の映像を見るたび、僕らは羨ましいと思うのと同時に過去の人間に憎悪を抱くこともある。なんで僕らにそんなすばらしい星を残してくれなかったのか、なんで自分たちのことしか考えなかったのか……。

気晴らしにテレビでもつけるか。おもしろいものなどやってないだろうけど。
「大変なニュースです。研究所で続いていた時間移動の研究が完成したそうです」

次の日から月は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。時間移動の研究は、過去の人間に警告を与えるために開発が進められていた。過去において地球の環境を守ってもらえれば、僕たちが月に逃げてくることもなく、地球で幸せに暮らせる。これが僕たちの最後の希望だった。おそらく歴史は変化し、僕らは消えてしまうかもしれない。それでも何もない月で生き続けるよりはそっちを選びたい。

でも、でも……実際に過去へ行く手段を手にした僕たちの心にはもう一つの思いが頭をもたげていた。そんなことを考えてはいけない、と蓋をしたはずの思いが。

……カコノヒトビトヲバッシテハイケナイノカ……?

そして一月後、時間移動船は静かに過去に向けて旅立った。僕たちの暗い思いと、それを達成する手段をのせて。

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